どうもtanakaです。
免疫分野に関する面白い記事を発見したのでシェアしたいと思います。
今回紹介するのは最近のThe Scientist誌で紹介された論文についてです。
論文の要約
適応免疫に関与していないと考えられていたヒトナチュラルキラー細胞が、
最初のウイルス曝露後にウイルス抗原を覚えていることが分かった。
今回の主役はナチュラルキラー細胞とも言われるNK細胞。
NK細胞は体内を循環しており、異物があるとすぐに攻撃できるので、体内の警察官として機能しています。
ただ、このNK細胞は若干頭が弱い細胞で、記憶力がないとこれまで思われてきました。以前に体内に侵入したウイルスを識別する機能は持っていないと思われていたんですね。
ところがどうやらそうではないらしい、と言うのがここ最近の研究で分かってきたようです。
●ヒトの免疫システムの概要
本題に入る前に基本知識として、ヒトの免疫システムについて簡単に説明します。
今回の主役のNK細胞ですが、日本語訳すると「生まれつきの殺し屋細胞」とも言われるように容赦なく異物を殺します。容赦なく、と言うのがどういう意味かと言うと、自分で勝手に殺しちゃうんです。
他の免疫細胞(B細胞やT細胞)が指示をきちんと待ってから対応するのに対し、NK細胞は「敵だ!殺せ!」と文字通り瞬殺です。ただ攻撃が迅速な分、殺傷能力は低めです。
このようにヒトの免疫システムは、NK細胞のように異物を発見するとすぐに対応する部隊と、初動は遅いけど攻撃力を高めてから対応する部隊の2種類に分かれています。
詳しくは以下の図を見てください。
・自然免疫 innate immunity
主役:マクロファ-ジ、樹状細胞、好中球などの貪食細胞
NK細胞や補体
特徴:免疫細胞が受容体を介して異物のパターンを認識し、
抗原非特異的に迅速に反応する
侵入してきた病原体や異常になった自己の細胞をいち早く感知し排除する
特定の病原体に繰り返し感染しても自然免疫能が増強することはない
・適応(獲得)免疫 adaptive immunity
主役:T細胞やB細胞といったリンパ球
特徴:初めて出会った異物に対して攻撃するまでには
5~7日程度の準備期間が必要。
既に出会ったことのある異物に対しては、
異物に特異的なリンパ球が記憶細胞として存在しているため
速やかに対応
すなわち、適応免疫を発揮する細胞は、過去に体内に侵入した異物の存在を記憶して攻撃する機能(=免疫記憶)を有し、自然免疫に分類される細胞は記憶を頼りにしていないと考えられていたのです。
●自然免疫の主役であるNK細胞に記憶力があるのか
免疫記憶の有無により分けられてきた適応免疫と自然免疫。しかし免疫記憶がないとされてきた自然免疫応答において興味深い研究が出てきました。
自然免疫の主役であり、エース的存在であるNK細胞に、過去に体内に侵入してきた異物を記憶しているのではないかと考えられるようになったのです。
これを裏付けるためのいくつかの実験がなされました。
1.マウスでの実験:2011年の論文に発表
2011年に発表された論文を始めとする幾つかの研究において、
マウスNK細胞が、様々な抗原に対して長寿命で非常に特異的な記憶を発達させることができることが証明されています。
【参考】
Paust S, Andrian von UH. Natural killer cell memory. Nat Immunol. 2011 Jun;12(6):500-8.
O’Sullivan TE, Sun JC, Lanier LL. Natural Killer Cell Memory. Immunity. 2015 Oct 20; 43(4): 634–645.
記憶免疫機能を持つナチュラルキラーT(NKT)細胞を発見
2.ヒトでの実験:今回の論文にて新たに発表
NK細胞には免疫記憶があることが確かめられてきましたが、その証拠はマウスでの実験結果のみでした。今回新たな発見は、ヒトでの実験においてもそれが証明されたことです。
今回の論文での実験を簡単にまとめると、以下の2つに分けられます。
①ヒト化モデルマウスでの実験
・事前にヒト化モデルマウスにHIVウイルスを感染させ、NK細胞を回収
・生体外でそのNK細胞を別のHIVウイルスに曝露
※ヒト化モデルマウス=BLTマウス:
造血幹細胞に加えて胎児の胸腺組織や肝組織を共移植したマウス
→マウスの胸腺のままだとヒト免疫細胞を認識しないため、
よりヒトの免疫環境に近づけたマウス
②ヒト対象での実験
・水疱瘡にかかったことのあるヒト対象において、
再度水疱瘡ウイルスを皮膚に投与(→水疱ができる)
・皮膚の水疱液を回収し成分を分析する
③ヒト対象での実験結果
①②どちらの実験でも、
ヒトNK細胞における免疫記憶機能の存在が示唆される結果が得られました。
①-1 ヒト化モデルマウスでの実験結果
We found that human NK cells displayed vaccination-dependent, antigen-specific recall responses in vitro, when isolated from livers of humanized mice previously vaccinated with HIV-encoded envelope protein.
Science Immunology
(私訳)我々は、事前にHIVコードエンベロープタンパク質でワクチン接種されたヒト化マウスの肝臓からヒトNK細胞を単離した場合に、ヒトNK細胞がワクチン接種依存性抗原特異的リコール応答(リコール応答:抗原に反応して抗体を産生する応答)をin vitroで示すことを見出した。
②-1 ヒト対象での実験結果
we discovered that large numbers of cytotoxic NK cells with a tissue-resident phenotype were recruited to sites of varicella-zoster virus (VZV) skin test antigen challenge in VZV-experienced human volunteers. These NK-mediated recall responses in humans occurred decades after initial VZV exposure, demonstrating that NK memory in humans is long-lived.
Science Immunology
(私訳)我々は、水痘・帯状疱疹ウイルス(VZV)を経験したヒトボランティアにおいて、組織常在性表現型を有する多数の細胞傷害性NK細胞がVZV皮膚試験抗原投与部位に動員されたことを発見した。ヒトにおけるこれらのNK媒介性リコール応答は、最初のVZV曝露の数十年後であっても起こり、このことはヒトにおけるNK記憶が長寿命であることを実証している。
このように、マウスにおいてだけでなく、ヒトでの実験でも、NK細胞がB細胞やT細胞と同じような免疫記憶機能を有し、過去に侵入したウイルスを識別しているようであることが発見されました。
NK細胞は、ウイルスに迅速に反応する”打者”としての機能を持つだけでなく、過去のウイルスの攻撃の記憶を元に有効な球を投げる”ピッチャー”としても機能する細胞である可能性が示唆され、まさに二刀流として活躍する大谷選手のようですね。
●これから何が期待できるのか
適応免疫に分類されるB細胞やT細胞と違ってNK細胞は、
・別の細胞からの指示を必要としないため初動が早い
・体内を循環しているため異物を早期発見し攻撃できる
という特徴があります。
よって、今回の発表を元に、NK細胞の免疫記憶に関するメカニズムの解明が更に進めば、今よりも迅速で効果的な薬の開発に繋がるのかもしれません。
今回の論文を紹介した記事や論文で述べられていた今後の展開をまとめると以下の通りです。
さらに効果的なワクチンの開発
・既存のワクチンの有効性の差異の究明に繋がれば、
さらに有効性を強めたワクチン開発に繋がる可能性
・NK細胞による体内の免疫機能が更に解明されれば、
現在まだ存在しないHIVを予防する有効なワクチンの開発に繋がる可能性
今後の発展がとても楽しみですね。
これからの研究や関連特許を引き続きフォローしていきたいと思います。
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